ボディメイク

マッスル北村の死因は餓死ではない?食事制限による低血糖?噂の真相を解明

2021年03月31日

数々の伝説や名言を残したマッスル北村。今もなお彼の死因について、極端な食事制限による餓死やステロイドによる心不全などの噂が流れています。そこで今回は、なぜマッスル北村が若くして死亡したのか、本当に行き過ぎた食事制限で餓死したのが死因なのかを解明していきます!

若くして亡くなったマッスル北村の死因は餓死って本当?

出典:https://gensun.org/?img=2%2Ebp%2Eblogspot%2Ecom%2F%2D3yQ_U7IWkRk%2FTVjdXFgkJWI%2FAAAAAAAAGaw%2FMjH3B7h35zQ%2Fs400%2Fjapanese21%2Ejpg

2000年にマッスル北村が39歳の若さで急逝してから、すでに20年以上が経過しました。しかし、彼は今もなおあの筋肉とともに人々の語り草となっています。死後20年以上経っても、彼の生涯について特集したテレビ番組があったほどです。彼が残した名言に刺激を受けて、筋トレなど励む人は今も多く存在します。

そんな中で、彼について誤解ともいえる噂や流言が広まっていることに警鐘を鳴らさなければなりません。それは、「マッスル北村はボディビルを追求するあまり餓死した」として、そのことを伝説として祭り上げている風潮があるからです。しかし、彼の死を美化してはいけません。彼の生涯を正当に考察することで、彼の死を無駄にせず教訓とすることができます。

(ボディビルのポーズについては以下の記事も参考にしてみてください)

マッスル北村の死因は餓死ではなく食事制限による低血糖?

では、マッスル北村の死因は本当に餓死だったのでしょうか。彼の生涯を、当時行っていたトレーニングや栄養補給を中心に振り返っていきます。

卵・牛乳・サバ缶・プロテインでバルクアップ

出典:http://kinsoku.blog.jp/archives/83812502.html

マッスル北村が東京大学に通っていたインテリなのは有名な話です。そして、彼がボディビルに出会ったのも東京大学でした。しかし、入学当時の彼は体重がまだ55kgほどしかなく、他のボディビルの選手と体格や筋肉量に差があることを痛感していました。そこで、彼は一念発起して肉体改造に取り組むことにしたのです。

彼の栄養理論は独特で、他の誰もが思いつかないものでした。その時に食べていた物は、家族とともに食べるいつもの食事以外にも、

・卵20〜30個
・牛乳2〜3l
・サバ缶3缶
プロテイン粉末300g

これらを毎日摂取していました。胃に収めるだけでも大変ですが、さらに消化して筋肉にするのはもっと大変です。そのため、彼には大量の消化薬も必要でした。そのおかげで体重は1年弱で40kg増え、筋肉も大きくなり、さらにその1年後には関東学生ボディビル選手権を制しました。

バルクアップできる食事メニューについては以下の記事も参考にしてみてください)

15時間マラソンで14kg減量

出典:http://rle.hatenablog.com/entry/2016/08/15/024304

マッスル北村の食事もかなりの逸話ですが、さらに語り草となっているのが減量です。特に1985年のアジア選手権に出場した時の話が常識破りのものでした。

マッスル北村はその年の実業団選手権に優勝しましたが、直後に4日後のアジア選手権へ出場するよう急遽オファーされました。普通は大会までの4日間を調整などに当てたりするものです。しかし、彼は筋肉が疲れているからと栄養補給に努め、ひたすら食事しました。しかし、大会直後とあって食欲が止まらず、たった2日で14kgも増えるという非常事態でした。

2日で14kgも減量するのはほぼ不可能に思えます。しかし、マッスル北村は諦めず、人より筋肉が大きく体重も重い彼がなんと100kmマラソンで減量を企てたのです。途中で爪が剥がれてシューズの中が真っ赤に染まりましたが、結果は120kmを15時間かけて走り切り、14kgの減量にも成功しました。そして、急遽出場したアジア選手権も見事に優勝しています。

最後は飴すら舐めなかった

出典:https://www.nakajima-it.com/entry-2018-01-05-%E5%B0%8A%E6%95%AC%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BA%BA%E7%89%A9%E3%82%92%E8%81%9E%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%9F%E3%82%89%E3%80%81%E5%83%95%E3%81%AF%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%B9%E3%83%AB%E5%8C%97

マッスル北村のボディビルへの探究心は増すばかりでした。特に栄養補給は常軌を逸して、鶏ササミを生のままペースト状にして食べていました。食中毒のリスクがあるのにです。

2000年の世界選手権出場に向け、マッスル北村は準備していました。しかし、20kgも減量するという過酷さだったため、その途中で病院に救急搬送されるほどでした。そしてその年の8月3日、自宅の台所で倒れたマッスル北村は、治療の甲斐なくこの世を去りました。当時まだ39歳と若く、誰がこんなことになると想像したでしょうか。

死因は低血糖症による急性心不全と診断されました。それで「マッスル北村は餓死した」と結論付けている人もいますが、それは正しくありません。カーボローディングという炭水化物を抜く食生活を送っていたのであり、食事を抜いていたわけではないからです。ただ、親族が差し出した飴すらも断る徹底ぶりだったため、栄養のバランスを崩した彼は命を落としました。

(筋トレと血糖値の関係については以下の記事も参考にしてみてください)

マッスル北村の死因に関する口コミ