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ロベルト・バッジョの現在!引退した理由は?
生年月日(年齢) | 1967年2月18日(54歳) |
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出身 | カルドーニョ |
身長 | 174cm |
所属チーム歴 | ヴィチェンツァ ACFフィオレンティーナ ユヴェントス ACミラン ボローニャFC インテル・ミラノ ブレシア |
ロベルト・バッジョはかつて「イタリアのマラドーナ」とも呼ばれていたこともある、世界で有名な元サッカー選手です。爽やかなビジュアルと独特な髪型で注目を浴びていたロベルト・バッジョ。1993年にFIFA世界年間最優秀選手にも選ばれるほど大活躍していました。そんなロベルト・バッジョは2004年にサッカー選手を引退しています。
ロベルト・バッジョが引退した理由に、2002年の日韓W杯に召集されなかったことがあげられます。ロベルト・バッジョは1994年、アメリカ大会決勝にてPKを外すという苦い経験をしました。その無念を晴らすべく、日韓W杯へと力を注いだロベルト・バッジョ。しかし、実際には代表選出されずリベンジを果たすどころか出場さえも叶えることができませんでした。
実際、ロベルト・バッジョ本人も「私は日韓W杯に招集されるべきだった。このこともあってサッカー界から距離を置くことになったと思う。」と自身のキャリアについて語っています。そんなロベルト・バッジョは引退した現在どんな風に過ごしているのでしょうか。この記事ではロベルト・バッジョの現在について詳しく紹介します。
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ロベルト・バッジョは現在故郷で隠居生活?
ロベルト・バッジョは1990年代に活躍したスーパースターですが、2004年に引退してからはほとんど表舞台に姿を現していません。なお、現在はヴィチェンツァ郊外のアルタヴィッラ・ヴィチェンティーナに家族と共に住んでいます。ロベルト・バッジョは家族とゆったりとした時間を過ごしていて、趣味にも時間を費やしているそうです。
ロベルト・バッジョの趣味はハンティングで、子どもの頃は父親と過ごす数少ない時間がハンディングだったといいます。そして、なにより自然の中にいることを好んでいるロベルト・バッジョ。自身が持っているアルゼンチンの農園へと出向くこともあるといわれています。
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現在に至るまでのロベルト・バッジョの引退後の生活
ロベルト・バッジョの現在の生活について紹介しました。サッカーに没頭していた分、引退後は家族との時間を大切にしつつ過ごしていることがわかりました。ここからは今に至るまでのロベルト・バッジョの引退後の生活について詳しく紹介します。
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引退直後は活動家?
ロベルト・バッジョは引退する2年前の2002年から国連食糧農業機関の親善大使に就任しています。引退後もその活動は続けていて、世界の飢餓や貧困撲滅のために活動しています。また、病院への寄付やハイチ地震への寄付などの功績が認められ、2010年にはノーベル平和賞の受賞者世界サミット事務局から平和サミット賞を受賞しました。
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経営者としても活動?
ロベルト・バッジョは現役時代からすでに経営者としても活動しています。今も住んでいるとされるヴィチェンツァの街でロベルト・バッジョ・スポーツというスポーツ店のオーナーを務めていました。
当時、イタリアでサッカー選手が自らのイメージを利用してスポーツ店を経営することは非常に稀でした。そのため、ロベルト・バッジョがオープンしたお店は、サッカー選手が自身のお店を手がけ始めた初期の頃のものだといいます。また、ロベルト・バッジョの姉妹であるカルラさんも経営に関わっていました
ただ、不景気による経営不振が理由でロベルト・バッジョのスポーツ用品店は2012年に閉店してしまいました。
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サッカー連盟に従事するも意見対立で辞職
引退後は息子を含めた家族との時間を大切にしていたロベルト・バッジョ。しかし、2010年にイタリアサッカー協会からのオファーを了承して、一度サッカー界に戻ってきた過去があります。その際、協会にはテクニカル部門の責任者として就任しました。かつて自身の監督であったアリゴ・サッキを始め、実績ある面々と共に「ドリームチーム」として招集されました。
引退してから約8年の充電期間を経てサッカーに対する気力を取り戻したロベルト・バッジョは、協会へ注力することを決めます。「全ては才能を基本」ということを主張し、「コヴェルチャーノ・テクニカル部門の新たな活動」というタイトルのプロジェクト提案書も書き上げたロベルト・バッジョ。しかし、ロベルト・バッジョの提案が通ることはありませんでした。
費用と人手がかかることや従来の利権を脅かすことが理由で、ロベルト・バッジョの提案は議論にすらもちあがることがなかったそうです。「自分は協会のお飾りでしかない」と感じたロベルト・バッジョは2013年にイタリアサッカー協会を去ってしまいました。
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サッカーから離れるものの監督ライセンスは保持
イタリアサッカー協会を去ってしまったロベルト・バッジョですが、監督ライセンスを所持しています。そのため、いつでも監督として選手を育成することができます。ロベルト・バッジョは2014年以降サッカー界に姿を見せていませんが、サッカーに対する夢を諦めたわけではないようです。
イタリアサッカー協会で書き上げたプロジェクトを実現させたいと考えているロベルト・バッジョ。サッカースクールを作ろうと考えた過去もあるといいます。ただ、指導に限りがあることなどからサッカースクールは断念しました。
しかし、今はコーチ育成のスクールを立ち上げたいと考えています。ロベルト・バッジョの指導理念に基づくコーチを育成するという目的のためです。選手や監督としてではなさそうですが、「再度ロベルト・バッジョがサッカー界に戻ってくる日が訪れるかもしれない」とファンの間で話題になっています。
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ロベルト・バッジョは創価学会員で親日家とも
ロベルト・バッジョはサッカー選手引退後も多くの活動を行っていることがわかりました。そんなロベルト・バッジョは、創価学会会員で親日家であることも知られています。もともとはローマ・カトリック信者でしたが、1980年代に仏教に改宗して創価学会会員となりました。また、不調で苦しんでいた1987年に創価学会の教えに救われたと公言しています。
三色旗のキャプテンマークを着用したこともあるロベルト・バッジョは、創価学会会館のオープニングセレモニーに出席したことが話題となりました。そのオープニングセレモニーでは「仏教徒になったことは私の人生で最も幸せなこと」と話しています。創価学会員でありながら強い親日家であることは、サッカーファンのみならず多くの人の間で知られています。
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ロベルト・バッジョの名言の記事はこちらをチェック!
Slopeには他にもロベルト・バッジョに関する記事が公開されています。以下はロベルト・バッジョの名言33選について紹介している記事です。サッカー選手として活躍していたロベルト・バッジョは、くじけてしまいそうなときも諦めてしまいそうなときも、心に残る多くの名言を残しています。毎日のモチベーションを上げたい人はぜひチェックしてみてください。
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現在のロベルト・バッジョは故郷で悠々自適な生活を過ごしている!
ロベルト・バッジョはサッカー選手を引退後さまざまな経験を経て、今は家族とゆっくり過ごしていることがわかりました。また、コーチ育成に対する夢を諦めていないことから、いつかサッカー界に戻ってくれるかもしれないとの噂もあります。今後のロベルト・バッジョの生活や活躍を見守っていきましょう。